角田光代さん原作、松尾たいこさんイラストによる
ロングセラー短編小説「Presents」(双葉社)から、
「合い鍵」
が映画化された。(前回の「Presents」の記事はこちら)
そしてこの度、シネクイントでの公開に先駆けて行われた
女性限定の試写会に行くことができた。
「Hanako」や「anan」の女性誌で知られるマガジンハウスと
渋谷パルコとの主催。
当日は角田さんと松尾さん、それに監督の日向朝子さんの
トークショーもあるというのでとてもたのしみにしていた。
ずっと松尾さんのイラストが好きで拝見していたから、
こんな幸運に巡り会えるのも今年はもう最後だろうと笑っていたところ、
なんともうひとつの幸運にめぐりあうことができた。
それがこの映画「Presents~合い鍵」と出合えたことである。
長さにして45分と控えめな作品でありながら、
実に清々しく清潔で、魅力的な映画であった。
試写会でなければ見逃していたかもしれない。
こういう映画とのめぐり合わせはとても嬉しいのだ。


編集プロダクションに勤める由香里には、
20歳から8年間もの間つき合ってきたカメラマンの恋人がいる。
お互いに多忙ですれ違いの多い日々だが、
病気や喧嘩、将来の夢や仕事の悩みも何もかも
分かち合い乗り越えてきた彼の存在は彼女にとって心の支えだ。
それがある日突然、彼から「好きな人ができた」と打ち明けられる。
「別れて欲しい」と。「僕らの線は交わらない。
たぶん、このままどんどん、離れていくだけだと思う」
この先もずっと一緒と信じていたのに…。
クリスマスを目前にしたひとりの週末、
由香里は彼からの最後のプレゼントに気がつく。


これはひとりの女性が、人生のある時期に経験する
恋と成長の物語である。
決してドラマティックな事件として描かれるものでもなく、
痛みと引き換えにもうひとつ大きな自分を手に入れて
また淡々とした日常のなかへと戻ってゆくというような、
そんなささやかな人生のひとこまを描いている。

この監督の素晴らしいと思うところは、
45分という限られた時間のなかでメリハリを利かせた大胆な演出と、
戸惑い揺れ動きながら、やがて着地点を見出す主人公の心情を、
女性ならではの細やかな感性で掬いあげているところだと思う。

とりわけ印象深いのが、由香里が恋人に別れを切り出されるシーンだ。
カメラは由香里を演じる広末涼子の表情を淡々と映し続ける。
同じカメラマンだという新しい恋人への想いを熱っぽく語る男を
呆然と見つめ、絶望し、絶望しながらなおも抵抗し、
そのくせ泣きわめくことも罵ることもできないでいる顔。
彼女をつなぎ止めているものは決してプライドではなく、
断ち切ることのできない彼への愛情のように思う。
新しい恋人のことなど夢中で話して聞かせるような不器用で
気の利かない男でも、それでも愛おしいという想い。
それこそが彼女が彼と過ごした8年という年月なのだと、
このシーンは告げていると思うのだ。
演じる女優を信じていればこそのこの演出に、
広末涼子が全身から振り絞るような演技で応えて見事だ。

そしてこのシーンの厚みがまた、後半の物語を支えてもいる。
彼と支え合い乗り越えてきた8年という時間が、
彼女をまた新しい未来へと送り出すラストが不思議なほど
清々しい余韻を残すのだ。
広末涼子の黒目がちの大きな瞳が、
後半へ行くほどキラキラと輝きを増すようで、
たとえ傷つき打ちのめされても、恋する女は
なんと綺麗なのだろうかと思わずにいられなかった。


この映画、"21時からのデートムービー"という触れ込みだけれど、
私なら気の置けない女友だちとふたりで観に行きたいなぁと思う。
観た後には、きっと女どうしで恋の話をしたくなると思うから。
お酒でも呑みながら、たまには愚痴のひとつも言ったりして。
泣いて、笑って…。
それでもまた翌朝には笑顔になって、
たぶん大丈夫だよと言えそうな気がするのだ。


作品のオフィシャルサイト


【原作本】
角田 光代, 松尾 たいこ
Presents